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*翡翠原石館においての製作過程*

作者と館長はまず『ヌナガワヒメ』の構想を練るため翡翠峡を訪れました。
あくまで宗教的ではなく又性的ではなく「朝霧の中にかすかに見える新緑の様に」をテーマとし製作へ
(※画像をクリックすると拡大されます。)

作者のアトリエで何枚かのパネルに分けられ製作されたものを翡翠原石館の横2メートル縦5メートルの真っ白な壁に足場を作り貼り付けていきます。

この工具を使い手作業で石を角砂糖位の大きさにしていきます。それをさらにカットし隙間を埋めていきます。この壁画には翡翠を始めアマゾナイト、大理石など40〜50種類の鉱物が10万個以上使われております。
翡翠は他の鉱物や岩石とは異なる高さと特質を有し、滑らかな割り口は得られずボコボコしている。そのため光を吸収したり、小刻み、複雑に反射し色調としての彩度は磨き上げた肌とはまったく違い表現力によって無限であります。

奴奈川姫は日本最古の古事記に登場するお姫様で、出雲の神である八千矛の神が賢く美しい高志の奴奈川姫に求婚しました。
胸元には勾玉が。勾玉は古代三種の神器にももちいられていました。
『翡翠』と書きカワセミともヒスイとも読みます。石の翡翠はこのカワセミの「翡」は赤い羽「翠」は青い羽から由来して付けられています。
この作品で奴奈川姫は慈愛のまなざしでカワセミを見つめています。

手前に位置する翡翠原石が示している濃緑から白に至る範囲を、本作品の構図と色が視覚的連続性を持ち、有機的な関係を生み出すように演出されています。
また奴奈川姫自身の顔の表情も視覚、距離の変化に応じて表情が変化して見える楽しさの演出もされています。
昼は太陽光がさしこみ、夜は雰囲気を変え幻想的な雰囲気が感じられます。

作者は「館長の思いを私が受けて、それを奴奈川姫が補佐し常に助けてくれ、力を与え導いてくれたのだと思う」としている

作者プロフィール

本間 洋一
1937年東京生まれ
1960年武蔵野美術学校(現美術大学)卒業
それ以降、大理石モザイクをはじめ建築において手仕事で石を活かす造形を専業とし
下絵、模型から現場製作にいたるまで全工程を自ら行い、建築との融合を目指している。
作品は公共建築物をはじめ450件を越える。
「本作品はライフワークとして後世に残したい」とのことで構想から6年がかりで作り上げた作品である。